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大分地方裁判所杵築支部 昭和37年(わ)23号 判決 1965年11月19日

被告人 佐野保

主文

被告人を罰金三、〇〇〇円に処する。

この罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

公訴事実中業務上過失傷害の点は無罪。

理由

(事実)

被告人は昭和三九年六月一八日午後八時頃大分県速見郡日出町豊岡所在小浦検問所附近路上において毎時四〇粁の制限速度を超過し時速四八粁で第二種原動機付自転車を運転したものである。

(証拠)<省略>

(適条)

被告人の判示行為は昭和四〇年法律第九六号附則第六条、道路交通法第六八条、第二二条第一項、第一一八条第一項第三号、同法施行令第一一条第三号に該当するので所定刑中罰金刑を選択しその範囲内で被告人を罰金三、〇〇〇円に処し、刑法第一八条によつて右罰金を完納することができないときは金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとする。

(業務上過失傷害の公訴事実について)

本件公訴事実中業務上過失傷害の点は、被告人は自動車運転の業務に従事している者であるが、昭和三六年一一月一九日午前一一時過頃小型四輪貨物自動車大分四す八五三三号を運転し時速約二〇粁で杵築市杵築一二七番地桜井商店前道路を東方より西方に向け進行中前方及びその左右を注視すべき業務上の注意義務を怠つた過失により同商店前道路左側に駐車中の自動三輪車の右側道路に立つて三輪車の方を向いて積荷にロープを掛ける作業に従事中の佐藤為蔵(当六七年)に気付かず自車の左側荷台前部附近を同人の左側肋骨附近に衝突させて路上に転倒させ因て同人に治療約六カ月を要する頭蓋裂傷及び左第三乃至一一肋骨々折兼左肺損傷等の傷害を負わせたものである、というのである。

公判調書中証人佐藤為蔵、麻生洋征、高根美佐子、荒巻雪野の当公廷での証言の記載、当裁判所のなした検証調書、第一回及第二回実況見分調書、麻生洋紀、白石多賀男の検察官に対する供述調書並びに後記信用しない部分を除く被告人の当公廷での供述記載を総合すると、次の諸事実が認められる。

一  前記公訴事実記載の日時場所において同記載の自動三輪車が路面の概ね左側に駐車していたが、附近は杵築市の中心街で両側には商店等が軒を連ねているところであり、また道巾は六・七メートルの平坦な舗装道路で当時乾燥しており、右の駐車により、その右側四・五メートルの部分のみ通行できる状態であつた。

二  その三輪車は巾約一・六五メートルの荷台の上に冷凍魚をいれた竹籠を積み重ねその高さは地上より概ね二・一メートルに及びその上はシートで覆われ、さらにその両側には板枠が立てられ、その上縁は右シートより稍上方にあり、荷台上縁の外側には左右とも五個あてロープかけのためのカギがとりつけてあつて、麻生洋征は左側の一番前のカギにロープの一端を固定し荷台側面に上つて前記木枠の一番上部の横板と二番目の横板の間を二重にしたロープをくゞらせ、ついで右側に廻り同様に横板の間をくゞらせてこれをおろし、締めつけたうえ右側の前から一番目と二番目のカギにかけ、これが緩まない様に佐藤為蔵に保持させて再び左側に廻りのこしておいたロープの端をとり前から二番目と三番目のカギにかけて緩まないように保持したまゝ、こんどはその部分の竹籠が木枠の高さより稍高くなつているところにあたるので、木枠の途中をくぐらせることをしないでその上方を反対側に投げ渡し、右佐藤にこれを受けとめさせたこと。

三  その駐車位置より二九メートル手前に十字路があり、被告人は車巾一・六九メートルの小型四輪貨物自動車を運転してこの十字路を右折し直ちに前方に駐車中の右三輪車およびその右側で前記のように作業中であつた右佐藤を認め乍ら時速約二〇粁で進行しその三輪車の右側を約一メートルの間隔をおいてそのまゝの速度で進行していたこと。この被告人運転の四輪車の構造は運転台の側面は車体全体の側面より稍内側にあり、この面より約一〇センチ程荷台の側面並にその前端部にとりつけてあるアーチ型の幌かけ用鉄粋が横に出張つており、その面が車体の最も広い部分にあたり、また運転台のすぐ前方ボンネツトの両脇にアーム状の鉄棒で取りつけてある腕木式方向指示器が概ね荷台側面と同じ面にまでつき出ていること。またこの四輪車の運転台の後部には荷台が見渡せる大きな窓があり、積荷はなかつた。

四  この四輪車が三輪車と概ね併行状態になつたとき、前記二項末段記載のように左側から荷物の上を越して投げてこられたロープをうけとめた佐藤為蔵は被告人運転の四輪車の近接に気付き乍らも第一項末段記載のように四・五メートルの道巾の余裕があるところから充分の余裕をもつて通過できるものと考え、四輪車に背をむけたまま両手を頭上にあげてロープを掴みこれに自分の体重をかけて引きおろし乍ら後方にそり気味の姿勢で片足を三輪車の右後輪にかけ(恐らくは他の足も一度は路面より離し反動をつける位にして)いつきに締めつけ、その瞬間体が後方に傾斜しその時には右四輪車左側の方向指示器の部分は既に通過し終つており、これと荷台前端の間即ち前記のように車巾より約一〇センチ引つ込んでいる運転台附近が通過しかゝつていた時に合致したためこの僅か運転台の長さだけ引つ込んでいる一〇センチの範囲に体が入り込み前記のとおり両手をあげて後にそり気味になつていた佐藤の左腋下に右荷台の左前端部が激突し、そのため佐藤は腰をまげたまゝの前のめりの姿勢ではじき飛ばされ、その頭頂部を前記三輪車の運転台右側面附近のドアの把手或は蝶番等の突出部につきあてたうえ路面に転倒し傷害をうけたこと。

五  この衝撃によつて被告人は直ちに右四輪車を停止し荷台の中を確認することなくすぐ右側に下車して荷台後方を廻つて三輪車との間にかけつけ佐藤の救護にあつたこと。

右の認定に反し、佐藤は三輪車の積荷の上に上つていて四輪車の通過に際し、その左側荷台の縁の上に落ちて来たもので三輪車の右側路上にいたものではないとなす被告人の当公廷、検察官、警察官の面前での供述は、事故直後に作成された白石多賀男の司法巡査に対する供述調書、麻生洋紀の検察官に対する供述調書並に被告人の当公廷での供述記載中事故発生直後における事故原囚確認のためにとつた被告人の行動に関する部分等に照し信用できない。即ち前記認定のとおり被告人は三輪車との間隔を前記の程度にとり、また衝撃を感じて直ちに事故の原因を知り停車後荷台の上を確認することなく直ちに運転台を降り何ら躊躇することなくすぐさま佐藤の倒れている場所に直行したことは、被告人が衝撃を感ずる以前に既に右四輪車と三輪車との間に佐藤がいたことを認識していたことを前提としてこそ始めて被告人の行動に合理性を認めることができるものである。

そして前記認定のとおり被告人が交叉点を右折し通過して本件事故発生の場所に至る約二九米、その所要時間は右折による減速を考慮すると約六乃至七秒であつたことが計数上明らかであるが、その間被告人は前方で佐藤が作業中であることを確認するについて障害となるべきものは何ら認められないので、これを終始確認しえた状態にあり、かつ確認していたものと認められる。

ところで、およそ交通量の増大、高速化に伴う危険が増大した現今においては公の道路交通に関与する者は、相互に他人が危険に陥るとか、損害をうけるとか、避けえられないような妨害若しくは迷惑を蒙らないよう通行する注意義務が特に要請されるのであるが、他面自動車の運転者は特別の事情の存しない限り危険の接近を知れば誰でも自ら進んでその危険に近づいてゆこうとする積極的な行動はとらないであろうと期待して運転するのが通常であると考えられるから、道路交通法第七一条第二号にいうような場合、即ち相手に適正な行動を期待し得ない場合、言い換えると、幼児、泥酔者、狂人或は転落転倒の危険ある姿勢或は場所にある等危険な行動若くは態勢に出る可能性がある客観的状況が存在し、これが予見できるときには、これに備えて万全の処置を講じなければならないけれども、この様な状況がないのに相手が右適正な行動の期待に反して危険な行動をとつた場合には、これによつて死傷事故が発生したとしても、当該運転者に注意義務違反があつたということはできない。

これを本件についてみるに、前記認定のとおり、交叉点を右折して三輪車の位置に達するまで約二九メートルを時速約二〇粁で走行する間に被告人の目に映じたであらう被害者佐藤の行動は三輪車の右側にそつて立つたまゝ痳生がその荷台の右側前方より一番目及二番目のカギにかけたロープが緩まないように保持していたいわば静止の状態であつて、この状態から次の瞬間三番目のカギにロープをかけるに際し、こんどは片足を車輪にかけてつゝぱり体重をロープにかけてのけぞる様な恰好からいつきに、さらに反動までつけて道路中央部まではみ出て来るような行動をとることまでは予想し難く、或は車輪に足をかける等、このような積極的行為の準備態勢ともいえる体位をとつたとしても通常の人ならば被告人運転の四輪車の通過をまつためにせいぜい一、二秒の間そのまゝの姿勢で静止状態を保つであらうと期待することはできても、四輪者の接近通過には全くおかまいなく、いわば傍若無人に前記の様な体全体を大きく動かす動作に出るであらうことまで期待することは困難である。即ち被告人が右四輪車を前記三輪車の駐車位置から約一メートルの間隔をあけて右側を時速二〇粁程度で通過しても、佐藤がそれまでにとつていた行動と同様ロープが緩まないようにこれを押えるに必要な程度に手若くは腕を用いる動作に止めてその位置に、少くとも体全体を大きく動かすような積極的な行動にはでないで静止若くは佇立する合理的な態度、適正な行動をとる限り衝突事故発生等の危険は避けえられる状況にあつたものといわなければならず、それにも拘らず、被害者が四輪車の接近を知りこれを目前にし乍ら唯漫然と自ら危険を招くような姿勢と動作をとらうとしたため本件衝突事故が発生し傷害の結果をみるに至つたのであるから、被告人にとつては、佐藤がかゝる危険な行動をとるものと予測しうべき可能性がある客観的状況にあつたものとは認め難く、その他これが予見可能性を認めるに足りる証拠はないから被告人に業務上の注意義務を怠つた過失傷害罪の成立を肯定するに由ない。

それにしても、足を車輪にかけ両手を頭上にあげてロープを掴んでいる前記準備態勢(この状態を認めた段階における被告人の注意義務については前段認定のとおり)から体全体を大きく動かす行動に移る寸前においては体の特定部分に力をいれ、重心を移動する等の動作が先行するものであるから、よく注意さえすれば事前に判るものではあるが、このような僅かな体の動きを認識しうるためにはその者を凝視していなければならないものであり、また一点を凝視することは他の部分に対する注意力を必然的に疎かにすることとなるから、運転者としては他の部分における危険の発生が全く考えられない場合でない限り、このような注視の方法はとるべきではない。本件の場合、後記のとおり他の部分における危険の発生は多分にある場所であつて、そのうえ右寸前においては佐藤は四輪車の左側フエンダー附近にあり、これは被告人の前方視野の周辺部にあつたわけであるから同人に佐藤の微細な体の動きを凝視するまでの注意義務を認めることはできない。従つて佐藤のこの微細な体の動きに気がつかないまゝ被告人が通過したとしても注意義務の違背は認められない。

尚、前記認定のとおり三輪車の右側は四・五メートルの余地があり、四輪車の車巾が一・六九メートルあつたことから被告人が三輪車との間隔を一メートル以上、少くとも一・三乃至一・五メートルとつておけば本件事故を避けられた怨なしとしないが、三輪車の右側の余地四・五メートルから四輪車の車巾一・六九メートルを差引き約二・八メートルを運転者としてどのような割合で自車の左と右に割りふるべきかについて検討してみるに、道路交通法の規定(第一七条第四項前文後段)をまつまでもなく道路の中心線を越えて右側を通行することはなるべく避け、やむをえない場合にもそのはみ出し方が出来るだけ少くなるように通行することが望ましく、また対向車がなくとも右側の家並商店からいつ出て来るか予測できない子供その他歩行者や自転車を考え併せると、その左側に割りふつた間隔一メートルの距離は前段認定のように佇立又はそれに近い静止状態にあることを期待しうる相手に対し、風圧を及ぼす虞れのない時速二〇粁程度では安全に通過するに必要な最少限度の間隔より短いものということはできず、一・三乃至一・五メートルにさえしておけば本件事故は発生しなかつたであらうということは予測できない単なる結果論にすぎない。

また公訴事実には触れていないが、時速二〇粁の速度は右認定のような危険予想の範囲内において一メートルの間隔をとる以上特に危険を伴う速度とは考えられない。

以上の理由により被告人に対する業務上過失致傷の公訴事実は犯罪の証明がないから刑訴法第三三六条により無罪の言渡をなす。尚訴訟費用はいずれもこの無罪部分について要したものである。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 三好徳郎)

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